感想はネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
原題:The Lady in the Van

作品データ
- ジャンル:実話
- 主な舞台:イギリス
- リリース:2015
- 時間:1h 44m
- キャスト:マギー・スミス(ミス・シェパード)アレックス・ジェニングス(アラン・ベネット)
- ディレクター:Nicholas Hytner
- IMDb:6.7
- rotten tomatoes:89%
イントロダクション
1970年、ロンドンのカムデンタウン。業者オススメの“駐車スペースもたっぷり”な物件を手に入れた劇作家のアランは、通りに停めたバンで暮らすホームレスの老女ミス・シェパードと出会う。信心深く、頑固で偏屈。失礼極まりない自由人のシェパードさんは通りの有名人。“寛容な地域”を自負する住人たちはシェパードさんを追い払おうとはせず、それはアランも同様だった。ある日、移動命令を受けたうえ、いやがらせされるシェパードさんを気にかけたアランは自宅の庭にバンを止めるよう提案した。それは、思いもよらぬほど長きにわたるふたりの共同生活の始まりだった。
おちゃのま感想
お亡くなりになったマギー・スミスさんを偲んで鑑賞した映画です。なので、思い入れもひとしお。感傷的になりながらの感想になりそうなことを、あらかじめお伝えしておこうと思います。
通りに住み着いたホームレスの老女シェパードさんと、とある秘密を抱える劇作家アランの交流物語。アランとシェパードさんのふたり芝居に彩りを添えたような演出は、先に舞台化されていたからかもしれません。その舞台でも、後のラジオ版でも、シェパードさんを演じられたというマギー・スミスさんの演技は素晴らしいの一言では言い表せない極上のものでした。
ちゃめっけある表情から、遠くを懐かしむ表情。くるくるまわる回転の早い頭脳よろしく、自信満々に理不尽を押し通すあの表情。その一方で、心の闇を映し出す怯えて苦しむ表情まで。さらにアランの庭先で暮らす15年という年月の中、老いてゆくシェパードさんの変化は、まるでキラキラ輝きながら咲いていた花が、少しずつ少しずつ枯れてゆく様を見ているようでした。本当に珠玉の演技。
さて、作品に深みを与えているのは、ほかでもないシェパードさんが歩んだ人生でした。彼女が語る妄想のような過去は真実。有名ピアニストの弟子だった過去、戦時中は救急車の運転手として救命活動してた過去、そしてクビになった元修道女。まさに、事実は小説より奇なり。そんなシェパードさんの人生を垣間見ることができたのは、アランの人柄ゆえだと思います。自虐的なアランは「飯の種だから」なんて言いそうですが、ホームレスの偏屈な老女の言葉に耳を傾ける人がどれくらいいるでしょう。
庭先を提供したことから15年もともに過ごすことになったアランとシェパードさんの物語は、シェパードさんがお亡くなりになるところで終わります。クライマックスは、シェパードさんがアランに手を握ってもらうシーン。シェパードさんがあの握手にこめたものは、言葉では言い尽くせないありったけの感謝だったように思え、涙腺ぼろぼろでしたが、ここがラストシーンではありません。
感動的な余韻で幕引きをせず、あえて余談とも思えるファンタジーな妄想シーンで締めくった理由は、シェパードさんが隠していた苦しみを知ったアラン氏の願いのように思えます。シェパードさんが本名を捨て”シェパード”と名乗っていた理由も、バンを黄色に塗りたくった理由も、なにかに怯えていた理由も、支援の手を拒んだ理由も、彼女のせいではない事故とその場から逃げたことが原因でした。自由奔放に見えたシェパードさんが心の中に恐怖を抱え、逃亡者として生きていたと知ったアランは、せめて自分の物語の中では赦しを得て、笑顔で昇天してほしいと願ったのではないでしょうか。
袖すり合うも他生の縁。15年という長き時間を共にしたアランとシェパードさんの出会いも必然だったのかもしれません。ふたりの間にある絆は映画で見ると感動的ですらありますが、シェパードさんとの共同生活は切実な問題や困難なことが多々あったはずです。それでも追い出さなかったアランと、留まったシェパードさん。敬意なくして築けなかったであろうふたりの関係は、本当の意味での寛容さを示してるような気がします。そして、こんなふうに語り尽くせないほど心に刻まれる作品になったのは、シェパードさんを演じたマギー・スミスさんのおかげです。感謝をこめて、わたしの感想を終わります。

この映画はU-NEXTで鑑賞しました。
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